〈第二巻〉①武四郎との衝撃の出会い

【第二巻】 阿寒町から阿寒湖畔へ
松浦武四郎の歩いた道〈阿寒クラシックトレイル〉

松浦武四郎、60歳時(松浦武四郎記念館提供)

▶昔から武四郎に興味が有ったわけではない。平成21年、勤務地の異動で阿寒湖温泉に赴任した時、ホテル鶴雅の語り部をされていた千家さんと武四郎のお話をさせていただいた。話しているうちに、「武四郎が釧路に来た時、布伏内でとまった処はオレの孫爺さんのところだ」というボクにとっては衝撃の告白が出て、歴史のなかの人物が、今の時代にもつながっているのを実感した。釧路や阿寒、弟子屈のガイド仲間や研究者に声がけして、千家さんに武四郎ゆかりの場所をご案内していただき、1泊2日の学習会を開いた。このあたりが深みにはまる1合目といったところだったろうか。
学習会の資料集めをした。そのなかに『幕末の探検家松浦武四郎と一畳敷』(ⅠNAⅩ出版)という本があって、武四郎は晩年、ゆかりの寺社仏閣の部材を集めて一畳の書斎をつくったことが紹介されていた。このセンスに大いに刺激された。
人間の活動を起承転結にたとえれば、ボクはちょうど〈転〉から〈結〉に向かう時期だ。人生の〈結〉をどう迎えるかに興味があった。また、齢を重ね、〈われわれは何処からきて、何者で、どこに行くのか〉という命題にも整理をつけた晩年をむかえたいとおもっていた。

▶武四郎の釧路の足跡を整理するため『久摺日誌』の現代語訳と『東西蝦夷山川地理取調日誌第8巻 東部安加武留宇知之誌』(秋葉実解読)を教科書に足跡をたどることにした。
これにさまざまな関連書籍やインターネット情報、そして千家さんやガイド仲間たちの情報をまとめ、フィールドで検証した。『久摺日誌』はこの地を最初に紹介した観光ガイドブックという意味で周知であったが、戊午日誌や『東西蝦夷山川地理取調図』という地図など、まさに足跡をたどる必携図書に出会い、この後、ガイド仲間と実際にフィールドを歩くということにつながって行った。
阿寒の仲間を中心に阿寒クラシックトレイル研究会を立ち上げ、実際に阿寒町から阿寒湖温泉までのルートを歩くイベントを開催した。全長約60㎞ですべてを一気に歩けるのは武四郎くらいなので、このルートを3つに分割し、阿寒町から上徹別までを「里の道」、上徹別からイタルイカオマナイまでを「川の道」、イタルイカオマナイから阿寒湖畔までを「山湖の道」として、ロケーションにあわせたネーミングで歩くイベントを開催した。

阿寒クラシックトレイル60kmの全行程図(電子地形図25000(国土地理院)をクスリ凸凹旅行舎が加工して作成)

歩く文化を楽しみながら伝えるために
▶武四郎足跡研究会ではなく、「阿寒クラシックトレイル研究会」としたのには意味があった。たしかにきっかけは武四郎で、ベースの情報も武四郎の探査がメインではあったが、調べていくうちに、武四郎も幕府が19世紀初頭に北方警備のため切り拓いた「網走山道」の実態調査が探査の目的の一つであり、その道は、アイヌが湖畔を狩場として使うにあたっての道でもあり、さらに遡れば獣道でもあったところだった。
時代を現代に戻せば「里の道」などは雄別鉄道路線跡。さらには国道240号マリモ国道そのものが武四郎の歩いた道にほぼ沿ってつくられているなど、時代の層が幾層にも重なった道であることを知った。これぞクラシック!
研究会のメンバーは湖畔在住の自然ガイドやアイヌコタンでアイヌ料理を営むもの、前田一歩園財団、ホテル従業員など、30~40代のこれからの阿寒観光を担う世代。新しい観光文化としての〈歩く観光〉を意識した商品開発も目標の一つと位置づけた。
まさに古きを訪ね、新しきを知る、「温故知新」をポリシーにした。

▶阿寒湖温泉は北海道を代表する温泉観光地の一つだが、これまでのイメージが固定化し、なかなか新しいイメージを打ち出しにくいのが現状だ。豊かな自然を活かしたアウトドア基地阿寒を目指して、この研究会の活動が少しでも観光振興につながるように様々な試みをした。
3つのルートの日帰りイベントを基本に、昔、コタンがあった飽別では旧小学校を借りて宿泊イベントを行った。阿寒湖アイヌコタンの古老に昔のコタンのお話をしていただき、アイヌの伝統音楽を継承する「カピウ&アパッポ」のコンサートも焚火を囲みながら行った。
近年、フットパスやロングトレイルが各地で生まれてきている。道東でも、厚床をはじめとする根室地方のフットパスや北根室ランチウェイのロングトレイルなど魅力的な歩く場所が生まれているが、我々はその原点を「はじめにルありき」と表現した。つまり、アイヌ語で〈ル〉、人や獣が踏み分けた道が原点にあるということだ。北海道の歩く道は、アイヌ地名に呼応する豊かな自然の多様性に溢れているとともに、開拓の歴史を風土に刻んだところが特徴だ。時代に則した新しい活用方策を考えていきたいと思った。(続)

雄阿寒岳と阿寒湖を見下ろす絶景の展望地で昼食(山湖の道)
紅葉の阿寒川を遡上します(川の道)