『クスリ凸凹旅日誌』▶23話:何故、山に登るのか?

2019年9月5日~12日
立山大日連峰、富山

大日岳、中大日岳、奥大日岳を大日三山という。大日如来に近づく

実録立山縦走の巻
 体力の限界も近づきつつある(既に過ぎているのだけど)ここ数年は日本有数の山岳路踏破を目指してきた。それも終盤をむかえ、難関の南アルプス縦走を計画した。予備日、下山後の観光視察も入れて7泊8日の壮大な計画。出発が近づきつつあるなか、どうやら台風15号の動きが怪しく、このままだと南アルプス直撃!
 予定の荒川三山、赤石山脈縦走(山中3泊4日)は奥深く、入山まで丸1日かかるほど。もしも、台風でアクセス道路が寸断されたら大変。まかり間違えば、ずっと帰ってこられなくなるのでは、との妄想も駆け巡り、東京に到着して急遽、目的地を台風の影響の少ない北北西に進路変更。立山大日連峰にした。
 目的地を決めたのも東京着後だったので、登山仲間から地図をスマホで送ってもらい、同じくスマホで直前台風予報をチェックしながらの決定。〈スマホと新幹線〉これがドタキャン変更登山を実現させた原動力。台風には勝てないが、うまく使えば文明の力は凄いもんだ。年寄り頭には相当疲れる所業だったが、これもいずれはAIがサポートしてくれそう。
 変更先は日本有数の山岳リゾート立山。早朝の新幹線に乗って富山まで約2時間。富山電鉄に乗換え立山駅からバスで登山口の称名滝についたのはほぼ正午。日本一の落差を誇る滝を愛で、期待はずれの山菜蕎麦をかき込んで、いざ、目指すは大日岳・奥大日岳の2泊3日縦走。ここまでは超順調に文明の力を実感したが、これからが大変だった。


 台風の影響か、とにかく暑い。もう秋の気配の釧路からいきなり気温35度の世界へ。そして標高差1000mくらいを登らなければならない現実。南斜面で陽はカンカン。給水とリンゴやゼリー飲料が五臓六腑に染み渡る感じ。やっとのおもいで夕暮れ時に大日平に到着。ここは立山弥陀ケ原湿原という我が国で一番高いところにあるラムサール登録湿地でもある(現地の説明版で初めて知ったんだけど…)。
 初日の泊まりの山小屋にやっと到着したら、山小屋の主人が「塩さ~ん、お風呂沸いてますのでどうぞ~~」。ちょっと耳を疑ったが、確かに本州の山小屋ではお風呂や場所によっては温泉を使える山小屋もあるが、この時はまさかの坂。こんな山奥でお風呂に入れて、入口で確認したアサヒスーパードライ350ml700円もいただけるなんて。
 風呂上り、夕日の山々を眺めながら冷えたビールで安着祝い。お客もボクたちをいれて5名。何んともいえない幸福感が全身を包んだ。
 さて、2日目も快晴。前日の疲労回復と今日のパワーアップのため秘薬アミノバイタル3500mmgを飲んで出発。目指す大日岳は標高2501mなので、今日も標高差1000mを一歩一歩。
 ボクの経験では、アミノバイタルは約2時間が効力維持時間。快調な前半は早朝でまだ陽も当たらず、気温もそれほどでもなかったが山頂に近づく頃から前日並みの暑さ(高度は上がっているから気温は昨日より高い!)。おまけにアミノバイタルも切れてきて、赤ランプ点滅ウルトラマン状態で大日岳頂上。
 ここからさらに稜線づたいにアップダウンを繰り返し奥大日岳をめざす。「奥」とつくからには奥なんであ~る。遠いのであ~る。陽はカンカンと照り続け、山小屋で買った400円のジュースもアッという間に飲んでしまい、限界が近づきつつある。
 こういう状況だと夫婦喧嘩が勃発しやすい。案の定、今日の宿泊山小屋を確保していないので、早めに電話したらいい、とか、電話がつながらない、とか。なんでこんな山の上なのに電話がつながらないんだ、とか……。
 水を絞りきったボロボロ雑巾みたいになって、夕刻、やっと「みくりが池温泉」に到着。温泉に浸かって、評判の食事をいただき、急転直下、大日連峰縦走登山は無事終了。人生でこれほど汗をかいたことはなかった、とおもわせるほどの発汗と今年一番という快晴のなかの登山であった。
 教訓。気象変動の激しい昨今、スムーズに旅行をするには、的確な情報収集と迅速な旅程変更。さらには事前の変更プランも念頭においた計画づくりが重要になる。本番の登山も楽しかったが、前後の旅程調整にも感慨深い山行となった。

何故、山に登るか?
「そこに山があるから」と答えたのは英国の登山家ジョージ・マルロー。そこにある山、というのはエベレストだったようで、この問答は哲学的というより具体的なやりとりに哲学的な解釈が後で加味された話のようだ。
 しかし近代アルピニズムを英国の登山家たちがけん引し〈目標設定とストイックに努力と挑戦を繰り返し、達成する〉その精神的背景に産業革命を成し得たプロテスタントやピューリタンリズムの思想があることは識者の指摘するところである。
 ボクはなぜ山に登るのか? その問いかけにどう答えようか。この縦走を振り返って少し整理がつけた。猛暑の中で体中の水分が失われ、脱水症状一歩手前で、ひと休みし水を飲み、りんごを食べた。生き返った気がした。周りの草花や湿原の瑞々しい情景が目にしみた。翌日、再び猛暑の中、大日岳の頂上を目指した。雲ひとつない快晴の頂上に立った時、そばに若いカップルがいた。一段落して連れが女性に声をかけた。聞き耳をたてていると二百名山を目指して全国の山を登っているとのこと。
 連れが「目標を達成するために犠牲にすることもあるよね」と呟くと、登山者は「そう、そうなんです!」と激しく同意。なるほど目標達成のためには、犠牲も必要だ。


 ウォーキングの10種類の類型(『誰も知らなかった英国流ウォーキングの秘密』市村操一著より)に沿って考えれば、先鋭的なアルピニストたちが目指す「達成」のウォーキングにボクは無縁だ。頂上に立った達成感がないことはないが、その事にあまりこだわりはない。百名山を目指すとか、何か登山に関して特別な目標設定をしているわけでもない。どちらかというと、自然を愛で、時に思索し、自分の生を実感する歩き、とでも云おうか。
 高野山の町石道を歩いて曼荼羅のことを調べていたら、真言密教の中心の仏は大日如来とのこと。たしかに曼荼羅のメインには大日如来が描かれている。曼荼羅は宇宙を描いた図像で、真言密教では、今生きている自分の命は大宇宙のいのちの一部であると考えるのだそうだ。
 「生かされて、生きる命を大切に」と記されたテレフォンカードは菅原弌也住職が行なっていた「命の救済の電話」のスローガンである。住職の葬儀の引き出物は、今もボクのお守りとしていつも持っている。
 一木一草、命あるものと共にあることを体感する登山。決して宗教的な歩行ではないが、あえていえば「自然観照」と「思索」そしてちょっと悟りへの修行が加味された歩行がボクの山に登る答えになるのかもしれない。
 登った山が大日岳、中大日岳、奥大日岳(大日三山と呼ばれる)という大日如来に最も近い地上の稜線とおもわれる処だったのは、出来過ぎた話である。