ローマの治安についてはざまざまな情報や友人からの忠告もあり、スリや置き引き対策を練ったところだが、さらにベルギーでのISテロもあり、緊張感が一層増した。そんな不安を抱えながらもそれを凌駕する異文化に触れる感動があった。
連れ合いがホテルの階段でふとしたはずみで空足を踏んでしまい、症状が徐々に悪化、ローマ駅に到着した時、動けなくなった。持参のファーストエイドには湿布薬がないので、駅構内のベンチに座らせて、薬探しに右往左往した。駅の構内は要注意であるが、そんなことは気にしていられず、やっとイタリアの湿布薬をゲット。ホテルに戻り患部を湿布して、連れは休養。せっかくなので私は予定通りローマの街に繰り出すことにした。ローマの地下鉄は要注意である。悪いことに夕方のラッシュに遭遇した。テロのターゲット都市にローマが挙げられたこともあり、交通拠点や観光スポットには自動小銃を抱えた軍兵、警察、警備員が多く、護られているという実感がわくほどに目に付く。
さて、自衛するのはスリ対策である。さっそく混雑する車内で不審な黒ジャンの男二人。一人は前にディパックを抱え、一人は少し距離を置いて見張り役。案の定、私に近づきザックの陰から何か物色する仕草。こちらも態勢を変え、移動すると相手も諦めたのか、次のターゲットに近づいて行った。目的の駅についたので一緒に下車する人並みから二人を見ると改札に向かわず、次の電車を待っていた。
ローマ最初の訪問地は天才カラバッチョの絵が礼拝堂を飾る教会だ。明暗法や写実的な超絶技巧で芸術の革新を果たしたカラバッチョはその暴力性で多くの傷害事件とついには殺人者となり死刑を宣告されるも逃亡の旅のなかで数々の名画を残した天才である。ローマには教会を中心に彼の代表作があり、今回は日伊国交樹立150周年を記念した「カラバッチョ展」が上野の西洋美術館でも開催されており帰国後に観る事ができ、にわかカラバッチョファンから結構なカラバッチョファンになってしまった。
永遠の都ローマの精神背景に「寛容」があるそうである。征服した敵国の文化も吸収し政治的調和を図り続いたローマの平和(パックス・ロマーナ)は、この寛容の精神がベースにある。
治安の悪さは寛容さの副産物か。カラバッチョはユーロ統合以前の通貨であったリラの最高額紙幣をその肖像が飾っていたほどの国民的英雄。この紙幣には彼の作品『女占い師』も肖像と組み合わせられている。その絵は占いを装いスリをする女を描がいたものだ。殺人者とスリの絵が紙幣を飾っていた。さすが芸術の都、ルネッサンスの国・イタリア! 清濁併せ呑むローマ。スリや治安の悪さにビビってなんかいないで、ローマを楽しんで来いよ!と全身タトゥーをまとった地下鉄の電車がつぶやいたような気がした。