晩秋から初冬にかけての一週間ほど、釧路川にシシャモが帰ってくる。このシシャモを捕獲して、人工孵化させる事業がシシャモの安定した漁獲量を支えている。
三十年ほど前、市役所の魚揚場に勤務していた頃、一度、この仕事を手伝わさせていただいた。謙虚な言い回しには訳がある。深夜に網をかけて遡上するシシャモを一網打尽にするのだが、私の仕事は引き上げた網に引っかかっているシシャモを外す役目で、結局、集めたシシャモはお駄賃替わりにいただいてしまったのだ。その時の一夜干しの美味しさは今も記憶に残っている。
釧路市漁協でこのシシャモ増殖事業を手がけた工藤虎男さんは随筆家としても知られた方だが、水産現場の視点で釧路の魚のお話を執筆いただいた『釧路港味覚の散歩みち』は、今でも釧路新書のロングセラーだ。そのなかで、グルメ番組のレポーターが旬のシシャモの取材で、脂がのっていて旬のシシャモは旨い、といわれ、がっかりしたというくだりがある。工藤氏曰く、旬のシシャモの味わいは、少し脂分がぬけて、独自の風味と淡白さが際立つところであり、どうやら都会のカペリン(カラフトシシャモ)の味になれた、レポーター氏には、旨み=脂がのっている、との数式が美味の表現パターンになっていたのかもしれない。
私の味覚も、はたしてシシャモの風味や味わいを感知する感覚が残っているだろうか。
今年も旬のシシャモを味わえる幸せを噛み締めたい。