湿原印象派。

 

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マネの「草上の昼食」をマネした、モネの「草上の昼食」。こんがらがるネ!

無事、夏の北アルプス登山を終え、東京の娘と新江古田のフレンチレストランで祝杯をあげ、翌日は一緒に美術館めぐりがここ数年の定番です。今年は新国立西洋美術館のパリ・オルセー美術館印象派展を鑑賞。マネを中心として、ルノワール、シスレー、ドガ、モネなど印象派からポスト印象派の作家たちの作品がぞろぞろ。画集で見ていた名画が目の前に。風景と人物画に特に感動しました。
さて、私には今回、もう一つ行きたい所がありました。それは民藝運動の創始者柳宗悦が中心となって設立した日本民藝館でした。5年間の阿寒湖畔生活から、釧路に戻り、湿原案内をするなかで、鶴居村ツルワチナイに入植し、人と自然の共生を開拓民の暮らしを基盤に、問い続けた白樺派の思想家・長谷川光二一家の存在を知りました。阿寒と釧路湿原を白樺派=民藝運動の糸がつなげたのでした。
ところで、パリの印象派の画家たちは、日本の浮世絵に代表される文化運動であるジャポニズムの影響を受けたそうですが、その最盛期のパリ万博日本館事務長を勤めたのが、若き日の前田正名(前田一歩園創始者)でありました。重厚長大な近代産業化政策に対抗し、伝統工芸や地場資源を活かした地方産業振興を優先政策として主流派との政争にやぶれ、終生、全国で産業団体育成に邁進した正名の開発思想は、印象派や民藝運動(白樺派)の道筋とどこか重なるものだとおもいます。
それぞれ、前田は政治・産業、印象派の画家たちは芸術活動、柳や長谷川は思想・哲学・文芸活動とベースは違っても、人の暮らしや幸福感を国の視点より、民衆の視点から見つめ続けた活動は今の時代にも継続する運動として我々の目の前にあることを実感します。
私にとっては、阿寒の森、パリ印象派、アイヌ木彫、民藝運動、釧路湿原、白樺派は横串でつらぬかれた人と自然の共生の道でした。

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長谷川光二(1898-1975)が入植したツルワチナイ
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柳宗悦(1889-1961)が設立した日本民藝館
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阿寒アイヌコタンの熊の木彫り。北海道の民芸品。