フィレンツェのシンボルは街の中心にあるドォーモ(大聖堂)

フィレンツェのシンボルは街の中心にあるドォーモ(大聖堂)。頂上部に屋根裏の狭い階段づたいにあがることができる。当然、あがりました。

フィレンツェといえば、カプチーノである。
イタリアはコーヒーとワインの国。コーヒーで言えばまずはエスプレッソ。ほんの一口で飲み干せる濃厚なコーヒーをバーやカフェで初老の男女がカウンター越しにキュと飲んで一言二言、店員の言葉を交わし、さっと出て行く様はなかなかカッコイイ。カプチーノは牛乳をホイップし、そこに濃厚なコーヒーを注ぐ、泡立てコーヒーである。
私は高校時代からカプチーノであった。
通っていた釧路の中心市街地の裏角にある喫茶店は店名が「フィレンツェ」、そして当時は珍しいカプチーノの専用サーバーがあった。いつもここでカプチーノと店に集まる常連たちとの語らいが日常であった。「フィレンツェ」にはミチコさんというミストレス(女性店長)がいて、常連の女性客は彼女の女友達、男性はほとんど何からのおもいをミチコさんにもって集っていた。4~5名が座れるカウンターがあるので常連はほとんどここに座ってミチコさんと話すのを楽しみにしていた。常連同士も仲良くなって、一緒に食事に行ったり、深夜映画で先行封切りを見に行ったり、花見に行ったりした。年齢も私が若い方で、上は40代くらいまで、年齢やステータスに関わらない自由な人とのコミュニケーションと付き合い。振り返ると若い私にとっては、人と付き合う幅をこの喫茶店で身につけたような気がする。
フィレンツェの下町で昼食に立ち寄ったバーでもミストレスが常連たちといつもながらの会話を交わし、私たちとの注文にもにこやかに答えてくれた。カプチーノを頼むと最後にホイップで葉の模様を描いてくれた。きっと、ちょっと特別のあしらいのように私には感じられた。
見ず知らずの人との出会いに不安と期待が交錯する。それは青春の一時期のことかもしれないが異国を旅するとちょっと同じような感覚になる。旅は人を若くするということなのか。人が出会う場としての喫茶店やバー、カフェの役割は古今東西かわらない。ともすれば、新しい関係性に億劫になる中高年こそ、カウンターで短く、人生を語り、さっと出て行く、そんなカッコよさを身につけたいものだ。
フィレンツェのカウンターの中の人々に目をやりながら、「フィレンツェ」におもいをはせた。

パニーノというサンドイッチみないのとカプチーノで軽いランチ

パニーノというサンドイッチみないのとカプチーノで軽いランチ

ウフィツィ美術館の至宝「ビーナスの誕生」。ミチコさんは卵型首長の美人であった。

ウフィツィ美術館の至宝「ビーナスの誕生」。ミチコさんは卵型首長の美人であった。

スタイリッシュなミストレルがてきぱきと客の注文に応じる

スタイリッシュなミストレルがてきぱきと客の注文に応じる

カウンターのなかには若い男女が多かったようにおもう。

カウンターのなかには若い男女が多かったようにおもう。