『クスリ凸凹旅日誌』▶11話:剱で問う。常識とは

男は黙った剱岳へ、な~んちゃって


2012年9月28日~10月5日 
立山連峰縦走・金沢・東京

石橋は叩いて渡る
 世の習い事といわれるものには、それぞれにレベルを示す指標がある。柔道、将棋、書道、英検等々には、級や段、時には名人と呼ばれるレベルもある。登山には登山三段とか登山名人とか検定制度がないので、自ずと自分のレベルは周りの登山者と秤にかけて、この山は登れるのかな? 自分のレベルに合うのかな? と思いを巡らせる。登山に関しては連れが上級者であることは間違いないので、登山計画は彼女が作る。男は黙ってついていく。
 剱岳は岳人にとってはあこがれの山である。その歴史、山容、登山難度、いずれも日本を代表する山の一つであることは違いない。
 計画では室堂から立山連峰を縦走し、剱岳を登攀後、真砂沢方面に下り黒部川沿いの水平歩道を欅平まで降る4泊5日のロングトレイルであった。
 出発前から台風の接近が報道され、移動中も天気予報とにらめっこの毎日。「石橋を叩いて渡る」慎重派のボクにとっては計画取りやめも想定。女は度胸タイプの連れは「とりあえず現地に赴く」との意向で不安を抱えながらの旅立ちとなった。

 初日は好天であったが雄山に登る途中、前を登っていた高齢の女性が頭部を岩にぶつけ出血した。幸い登山客も多く救助する人もいて我々は前に進むことができたが何やら不吉な予感。これまで我が登山史上、山中4泊の計画はマックス。不安が先行する。一泊目の剱岳手前の山小屋に夕方到着。台風の接近が報道される中、翌朝、剱岳を目指すことになった。
 剱岳の有名な難所は上りにあるカニの縦ばい、下りにあるカニの横ばいと呼ばれる岩場の登坂である。特にカニの横ばいは、ほぼ垂直の岩場をロープ伝いに横に移動するのだが、さほどの距離ではないのだが最初のステップが視界に入らないので谷底を見ても自分の足場が見えない恐怖が足をすくませる。案の定、ボクはカニの横ばいでつま先を岩場に挟めてしまい立ち往生してしまった。連れに助けを求めたが「ちょっと足を横にしてみたら」の一言で見事に外れ事なきを得た。幼少の頃、家族団欒の時に飴が喉に詰まり一人でもがき苦しんでいたが周りはその苦労も知らず和気あいあい、孤独な恐怖感に苛まれたことを思い出した。

 剱岳は新田次郎の小説『点の記』で有名だが、近代日本の測量技術と登山史の黎明期を代表する山である。映画化(木村大作監督『点の記』)もされ人気の山ではあるが夏場の一般ルートの登山では最も厳しい登攀路といわれている。独立した、まさに剱をおもわせる重厚な山容。標高は2999mで3千mにちょっと足りないところがまた味噌だ。《ワシは高さはメじゃない。誰もが行く富士山なんかとは流派が違う》という感じである。いうならば〈素人が来ちゃいけない〉そんな憧れの山の山頂にあえぎながらもやっと立つことができた。さすがに台風到来の中、山頂の登山者は片手。途中でも数人の登山者とすれ違ったがシーズンは数珠繋ぎになるところだそうだ。
 不吉な暗雲が垂れ込める中を下山し、次の目的地に向かう登山小屋に電話をしてみた。主人曰く「こんな時来るもんじゃない! すぐ下山しなさい」と常識外れの判断をした素人登山者をたしなめるというよりは叱りつける口調で電話を切った。ボクは憤慨するでもなく、内心ホッとしたに近い気持ちだったが、自らの判断の未熟さも反省しつつ、風雨が強まる中、直近の山小屋、剱御前小舎に宿泊することになった。

常識と非常識の間
 山小屋には我々と熟年の女性グループ、そして高齢の男性が一人先着。その男性は我々の隣の部屋に煌々と電気をつけて仰向けになって寝ていた。〈どこか違う〉そんな思いが頭をよぎる。夕飯時にボクの向かいがその男性の席であった。男性は夕食の膳にコンビニのおにぎりを持参してきた。老人とは思えない食べっぷりで黙々と食事をとった。
 ボクは一段落ついてやはり気になる男性に声をかけた。ボクは《怖いものを避けたい》と思う一方、《怖いものと仲良くなってその場の雰囲気を和らげたい》という思いが起きるタイプである。男性は九州小倉から一人で来て、午後から入山し雨の中、やっとこの小屋までたどり着いたとのこと。明日、剱岳を目指すのだが山小屋の主人からきつく登山を断念するように言われ下山するとのこと。我々の事情も話し、お互いの山の経験なんかも話始めた。吉岡さんという70代であろう男性はこの後、我々に吉岡の爺ちゃんと呼ばれることになる。(本人の前では言わないが)

 吉岡の爺ちゃんの初めての登山は、募集登山で参加した富士山登山であった。この時はなんとかツアーに付いていくことができ、登頂もできたそうだ。次のチャレンジが今回で、なんと今回は単独で剱岳に来たとのことである。
 〈どこか違う〉との感覚は、その服装、佇まい、振る舞い、話しぶり、そしてこの山の経験談で決定的になった。女性グループは明らかにひいてしまい、我々が吉岡の爺ちゃんの話を聞くことになる。電源関係の電柱を立てるような土木作業をしていたが、仕事が一段落(きっと退職)してから登山でもやってみようということではじめたらしい。ということで吉岡さんのスタイルは、山に関しては常識的(つまりバランスの取れた大人の考え方、物事の多くの側面を考慮した振る舞い)とはいい難い仕様になっていた。
 はっきり言って、この空間においては場違い。でもボクは想像した。吉岡さんは非常識だからといって、特に迷惑をかけるでもなし、悪い人にはおもえないし、個人史的には、高度成長期にがむしゃらに働き、やっと余暇を楽しむ時間ができて山でも行ってみたいなという夢を実現しようとしたのではないか。そのことは愛おしいことだと思った。
 翌日朝食を終え下山の準備をしていると山小屋の主人が声をかけてきた。
「塩さん、雷鳥沢に下るのであれば吉岡さんと一緒に行ってください」「え~!」。見れば外では吉岡さんがこちらを待っているような。雨が降っていたので上下雨具に着替え、外に出ると吉岡さんは作業着風の上下に山菜採りにでも行くような大きめのデイパックを背負って立っていた。
「雨具を着た方がいいと思いますが…」「雨具は持ってるんだけど、とりあえずこのままで大丈夫」とのやり取りもどこかチクハグ。
 常識と非常識は紙一重という。吉岡の爺ちゃんは確かに非常識。でも台風襲来の時に縦走を考えた我々も現地の人から見れば非常識といえば非常識。世の中振り返ってみれば、非常識の輩はあちらこちらに。国ごと非常識なところもある始末。つまり五十歩百歩。


 旅の格言に「郷に入れば郷に従え」というのがある。好奇心を持った人間は時には異郷、場違いな空間に足を踏み入れる。そのことは時には非難されることかもしれないが、決して恥ずべきことではない。しかし、その非常識をたしなめられた時は忠告に従う謙虚さが旅人には必要である。吉岡の爺ちゃんは謙虚であった。
「お世話になったんで下山したら一緒に飯でも食わないかい」とか「どこまで行くんだい? 富山までなら俺の車で送っていくよ」とかいうセリフは全く無く、吉岡の爺ちゃんはずっと雨具を着ることもなく、室堂の建物がうっすらと霧の中から見えはじめるとさりげなく手を振って我々に別れを告げた。その後ろ姿は、孤独だけど寂しくはない、そんな感じを漂わせていたように感じた。