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第7話「トラベルはトラブル」(私たちの旅スタイル全7話)

ローマの地下鉄でスリに会う。混んでいる時は要注意。

 重大なトラブルで旅行自体に影響が及ぶような経験はないが、小さなトラブルはちょくちょく出現。これに焦らず、慌てず、冷静に対処するのが旅の醍醐味。田部井淳子さんと登山した時、緊急時には、「とにかくパニくらないことが一番」とおっしゃていた。この言葉を胸に刻んで、といつもおもってはいるが現実がなかなか。私たちのトラブル事例及び防止策をご参照下さい。

1)2時間前にはスタンバイ

団体旅行の集合時刻は海外ツアーは出発2時間前が一般的なようだが、個人旅行も同じモードが必要。幸いなことにこれまで乗り継ぎ遅れや出発遅延などのトラブルには巻き込まれてこなかったが、今回のローマからの帰国では、空港への鉄道切符を自販機で購入していたら、英語でよく判らないのにアフリカ系の兄さんが近くでいろいろ口を挟む(後で考えるとアドバイスだったかも)ので、エイヤーと購入したら、違うチケットを購入してしまい、結局駅の窓口で払い戻しと再購入手続きで小1時間。どこに落とし穴があるか、わからない。

 当舎は釧路在住なので、新千歳経由で英国に行ったときは、朝(というより深夜)2時に自家用車で自宅出発。4時間ほどで新千歳空港着、8時台の仁川行きに乗り、仁川で乗継。ヒースロー空港着後、マンチェスター行き国内エアに乗継、到着は同日(時差8時間)深夜。この間、ほぼ時間通りに行けたことの方が幸運というべきか。ちなみに、想像をこえていたのは、ヒースロー空港の国際便から国内便の乗換えでターミナルビル移動が別の空港に行くのか、とおもうほどの遠隔地。さらには国内線のセキュリティチェックがえらく厳重。まあ、時間に余裕があったので焦りはなかったが、とにかく移動の時間設定はゆとりが第一である。

 友人の姉妹が出発便の遅延で乗り継ぎ便に遅れたことを妹さんがフェイスブックにアップ。お姉さんの名前はエミさん。『エミ、レイトしました』。この時のエアはエミレイツ航空。緊急時にもこんなユーモアを持ち合わせたい。

列車の切符を間違って買って、あわや乗り遅れ!間一髪

 2)特殊詐欺について

私たちの旅行目的の一つが西洋絵画鑑賞である。数年前からはまったのだが、当舎はだいたい連れの趣味が私に感染して、重篤化するのが常で、登山しかり、自然観察しかり。美術もこのパターンだが最初のイタリア旅行(ベネチア、フィレンツェ、ローマ)でのルネサンス体験と大橋巨泉の美術関連著作が引き金となって、その後の旅行では重要なテーマとなっている。

 美術館や教会などをチェックして見たい作品をリストアップするのだが、これに落とし穴があった。ルーブルやオルセーなどの有名な美術館の名画をふんだんに見まくるぞ、という決意で出向くと、なんと必ずしも全部見れるわけではなく、貸出中や補修のため部屋が閉鎖されていたりと正に出鼻をくじかれ体験。なかには貸出先が東京日本となっているものも、「こちとら東京から来たんだぞ! 」と叫びたい心境。まあ、海外での美術鑑賞では常識的なことのようで、事前の美術館サイトへのリサーチが必要と痛感。

 私がおっかけている作家のひとりがブリューゲル。オランダ出身のブリューゲルの作品を追って、フランス(パリ)、ベルギー、オランダと旅をした。訪問地の美術館に数点の作品が点在しているため、その作品観賞がとりあえず訪問の最大目的。ベルギーのアントワープという古都にマイエル・ヴァン・デン・ベルグ美術館という小さな市立美術館がある。ここに『狂女フリート』という傑作がある。この絵を楽しみにルンルン小走りで訪れたところ、出張不在とのこと。「何にぃい!! 」と受付で叫ぶ(ところiだった)。この美術館のエースで4番が違うチームにレンタル中とは…。やっと気を取り直して、オランダのロッテルダムに移動。ここのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館にはかの有名な『バベルの塔』がある。早足で美術館に入り入館前に確認すると、こちらもベルリンだか、どこだかに出張中。「ざけんなよ! 」と呟くも、もはや戦意喪失。

ボイマンス・ファン・ヘーニンゲン美術館エントランスオブジェに慰められる

 予兆は、ベルギー最初の訪問地であったブリュッセルの王立美術館にあった。ブリューゲルには息子二人や孫、親類にも画家がいてブリューゲル一族ともいえる芸術家の一家なので、いろいろな美術館にブリューゲル(一族のだれかが)の描いた絵が沢山ある。ここにはブリューゲル作品をあつめた部屋があって私は『鳥罠のある風景』という作品がお目当てだったのだが、貸出中。替わりにブリューゲル長男(この人は親父の模写が得意だった)の模写が飾られていた。

 受付や学芸員、ミュージアムショップの店員に「わざわざ(ここ強調)日本から来たのに残念だ」との意向を伝えると、済まなそうに謝るタイプとだからどうしたタイプがいる。おもわず「詐欺だ!」と叫びたい心境だが、現場にいると館職員の人件費や美術館の維持管理費などを稼ぐために美術館も大変なんだと妙に納得。

出張中だったブリューゲル『鳥罠のある風景』
ブリューゲルの長男作『鳥罠のある風景』ちょっと違う。親父のコピーが得意。
教会でカラバッジョの名作とパチリ。入館無料。
出張中だったブリューゲル『狂女フレート』。どこに行った!
マネの名作『フォリー・ベルジェールのバー』と記念写真。日本の展覧会ではこうはいかない。

 美術鑑賞趣味で、かつブリューゲルのおっかけという特殊性もあるが、この手の詐欺(見方を変えれば常識)には気をつけたい。

街角でピカソに会うかも…(バルセロナ)

 以上。楽しい旅を!

第6話「どんな荷物、どんな服装」(私たちの旅スタイル全7話)

11月中旬のベルギーアントワープ駅前で、首巻で何とか寒さを凌ぐ

 私たちは国内外、いつでも、どこでもリュックサック派(だいたい30L程度のサイズ)。登山も海外旅行も似姿はリュック一つ(サブバック付き)で靴はトレッキングシューズか、登山靴といったスタイル。重量も手荷物機内持ち込みなので8kg以内に収める。防寒ウエアは雨具と兼用。下着は予備1セット、必要時は現地購入。『地球の歩き方』のような厚いガイドブックは訪問地以外はカット(植村直己が北極探検時の荷造り参考)。まあ、そんなにシビアな話しではないが軽いにこしたことはない。

 メリットは、入管や関税の手続きが早い、ロストバケッジの心配なし、移動しながら観光が可能(ホテルチェックイン前に美術館へ、ロッカーに荷物預けてOK)。デメリットは、旅行中洗濯をしなければならない、気取ったところにいけない(着替え衣装は1セット)、沢山お土産が買えない。ただし、帰りは別バックにお土産を買って預け荷物にもできるのであまり心配はない。

 バックパッカーといってもいいが、旅先では結構多数派のスタイルである。アジアの団体旅行者はスーツケース派が多いけど、個人旅行者は老若男女バックパッカーが目につく。ゴールデンウィーク10連休明けの今回は、日本人旅行者は目につかなかった。私たちみたいなバックパッカーで多いのは韓国人。これまでも旅先で同年輩の韓国人夫婦と一緒になることが何度かあった。いずれも英語、そして片言の日本語も話し、フレンドリーで洗練された印象。韓国の団体ツアーに閉口気味だった連れも相当イメージチェンジした様子。

 いいことばかりではない。預り荷物がないので関税手続きはほぼ先頭で通過するのだが、たまに暇な税関職員につかまり、リュックの中身をチェックされたりもする。本人はいたって万国共通善人タイプとおもっているが、世間は必ずしもそうは見ていない。

4月中旬の英国湖水地方。バードウォッチングをしながらフットパス散策
4月中旬コッツウォルズのフットパス、歩きながら移動なのでフル装備、荷重8kg
帰りはお土産をバックに入れて、あくまで機内持ち込み可能レベル

第5話「グルメの道は遠く」(私たちの旅スタイル全7話)

グルメの敷居が低い港町バルセロナ、ピンチョスでリーズナブルな夕餉。

 当舎の旅先の食事パターンは、10日間の旅行期間であれば、朝食はほとんどホテル付き、昼食は街中でカフェやテイクアウトでランチ。夜はそれぞれの街で1度はレストラン(ビストロレベル)、これに地元のスーパーで買出ししてホテルで食事というパターンが加わる。特にスーパーはお土産もの購入にも最適。今回ローマでの宿泊は駅近。駅構内のスーパーを利用。バルセロナは歩いて2分で市場だったので、不足する野菜、果物も購入。

 さて、旨いものを食べたい、特に安くて旨くて感じがいいレストランに出会うのは至難の技。ここでもネットで調べるのは《トップアドバイザー》のレストランガイド。価格、クチコミ、場所そしてメールでの予約可能なレストランもあるので、日本にいる間に予約も可能。フランスは美食の国なのでパリ到着の夜はばっちりグルメを堪能しようということで、宿の近くのビストロを予約して行ったが、ネットの評判ほどでなく、イマイチ。まあ、こんなことは日常茶飯事。

 イタリアで一番記憶に残った店はフィレンツェで飛び込みで入ったランチのレストラン。ホテルの従業員に聞くのもいいけど、いつも良い店とは限らない。

そんななかで、バルセロナはグルメに遭遇する敷居が低い街であった。バル(スペイン風カフェレストラン)ではタパスという小皿料理やピンチョスというバスク地方のパン片に様々な食材をのせ楊枝でマークした一口つまみがカウンターからチョイスする方式が多く、好きなものを目で確認し、楊枝のや皿の数で清算するのでとても楽に美味しいものにありつける。

 もちろん良い店悪い店もあるんだろうけど、バルセロナのフェルラン通りにある「Orioオリオ」はこの三拍子が揃ったお店だった。宿泊したホテルの近隣のサン・ジョゼッペ市場というバスセロナ最大の市場では、さながら和商市場の3倍くらいの店舗に海鮮、肉、野菜果物、乾物等々の販売とカウンターレストランが随所に配置され、ここでも昼食、夕食、買い物を堪能した。おそらく今までの旅行のなかで、グルメ遭遇率No.1がバルセロナである。スイーツも濃厚なホットチョコレートにピンチョスという油棒菓子をつけて食べる安くて旨い名店があって、我を忘れる。

私の持病は糖尿病。よって、団体ツアーやクルーズ旅行などの三食旨いもの完備は禁断の園。1日10km(今回の平均歩行距離)ほど歩き回り、やっと食事にありつけるくらいが健康には最適。特に「身体の動く間は」この旅スタイルがいい。

旅先ではほぼ何でも食べるし、偏食でもないので食事の心配はない。しかし、帰国直後は無性に蕎麦が食べたくなる。それも駅の立ち食いソバのようなチープなのが理想。成田空港の帰国ゲートフロアにも立ち食いソバ店を!

英国の朝食は最高!たっぷり食べて、しっかり歩こう!(湖水地方)
美食のパリでビストロでランチ、ちょっと豪華
名物料理もチェック。ベルギーのシチュー、ワーテルゾーイ。(ゲント)
スーパーで夕食購入も楽しいグルメタイム(アムステルダム)
港町育ちの私には市場飯は最高!(バルセロナ、サン・ジョゼップ市場)
機内食も楽しみ。さすがフランス、ワインが付きます(エールフランス)

第4話「現地で右往左往もまた良し」(私たちの旅スタイル全7話)

有名なパリミュージアムパス、これでほとんどの美術館を巡れる。空港で購入した。

 旅行の参考図書は『アマゾン』の中古図書で購入。4~5年前の古書だと1円+郵送料の世界。しかし、要注意。今回、これに足元を掬われた。バスセロナのガウディ世界遺産であるグエル公園は現在、事前予約でなければ入場できないシステムになっている。古い雑誌にはそんな記述はなかったので、現地購入とおもっていたら、出来ないことが判明。現地の旅行案内所にも聞いたのだが扉開かず。

今回、購入したてのスマホを宿屋のフリーWi-fiに接続し、ネット購入をこころみたところ、何とか手続きが進み、あとは支払手続きとなったところで、カードのWebサービスのID番号とパスワードの問い合わせ。高齢者には恐怖のID&パスワード。ここで断念。ついに予約とれずグエル公園とは縁がなかったことになった。

教訓は3つ。

  • クレジットカードはpinコード(4桁のやつ)はもとより、WebサービスのID番号とパスワードを忘れずに。(カードは最低2枚、キャリア会社の違うもの)
  • 事前予約がないと入れないところがある。(今回はグエル教会、ボルケーゼ美術館(伊))
  • グエル公園には奥の手があって、開場時間(確か8時~18時)以外は開放されていて、私たちも最終日、早朝に行くことにしたがあいにく雨天で取りやめにした。(最後まであきらめずトライ)。

ネットで事前手配するのに越したことはないのだけど、現地でしか予約又は購入できないものもある。

現地の移動手段である公共交通(地下鉄、バス、トラム等)は回数券(10回がおおいような)や1日単位の乗り放題券、さらには美術館や観光施設ともセットになったパス(バルセロナカード、アムステルダムカードなど)がある。今回はバルセロナ、マドリッドが10回回数券、ローマは3日通し券。

最初に購入するときだけ頑張ればあとは楽である。ヒューマンウォッチングや現地の人との触れ合いを楽しむには公共交通はおもしろい。スマホで目的地を探すのもいいのかもしれないが、スリの格好の餌食になるかも。私はローマの地下鉄でスリ2人組みに狙われたが、スリがどんな雰囲気で行動するかよく観察できた。ローマの地下鉄ではスリに遭遇する確率が高い。スマホよりスリをチェックせよ。

今回バルセロナではフラメンコ観劇のチケットを現地の観光案内所で当日予約購入(その場で支払)した。ちょっと英語力は必要だが、目的が明確なので、身振り手振りでも何とかなる。『ロス・タラントス』という老舗タブラオ(ライブの専用劇場)で、若手の30分位のショーが評判で料金も安くて手頃。これが凄かった。感激した! 現地で楽しめる事を観光案内所でチェックするのもお勧めの一手。

2度目のローマは3日パスでバス利用。車内の改札機で刻印しなければなりません。
待てども時間通りにこないバス。当てにならない時刻表。
メトロやトラムがセットになったパスが一般的。街歩きの必需品。
地下鉄でのヒューマンウォッチングも旅の楽しみ
オランダ全土をカバーする美術館カード。優れもの。

第3話「どんな宿がお気に入り」(私たちの旅スタイル全7話)

長屋風ロンドン(パディントン)のB&B。同じつくりで名前だけ違うので最初は面食らう

宿泊は個人手配するときは《Booking.com》や《Expediaエクスペディア》を使う。英国のフットパスめぐりではB&Bやインといった民宿系の宿泊地を探したのだが確保が容易。ただ注意点というか、私の失敗例もご参照下さい。

 宿泊設備の用件をよくチェックすること。特にトイレが共用か、部屋付けか。バスタブがあるか、ないか等、よくチェックすると書いてあるが、料金とか、雰囲気で決めると現場で後悔。特に歳をとるとトイレの共用は遠慮したい。また、音がうるさいとか、清掃が行き届いていないなどはクチコミ情報などをチェック。宿泊場所は大切な旅の要素でもあり、楽しみながら探すことができればこれに越したことはない。デザインホテルも楽しそう。

ちなみに当舎の選択優先基準は、立地(観光拠点又は駅)、価格(1室1万円前後)、トイレ付き(できればバスタブも)。

フリープランでは、価格に合わせて宿泊用件が揃ったホテルが用意されているが、低額商品について旅行代理店はホテルのグレードアップを提案してくる。「旅行価格のホテルは観光拠点から遠隔地の場合があります。立地のいいホテルにグレードアップしませんか」、これにはついグレードアップしてしまうのだが、後でホテルの料金を調べると相当な価格差。旅行代理店は宿泊のグレードアップや空港へのタクシー出迎え手配などで儲けているのがよくわかる。タクシー出迎えは1人当たりの価格設定(そもそも1人当たりが変)。通常、空港で1台利用時の2倍~3倍の価格。空港でタクシー(白タクはだめ)を拾うので充分安心。

 ホテルは旅行シーズンによっては、高級ホテルが低価格で泊まれることもあるので、とても得した気分で宿泊できる。フランス・ベルギー・オランダを11月に旅したときは、全部個人手配だったがベルギーの三ツ星ホテルが1室8000円台だった。

 もう一つ失敗例。宿泊の支払は現地カード払いだが、ベルギーのB&Bでカードの器具が不調だったのか、「後で請求します」「はい、わかったよ」。ということで帰国したらメールで支払先の銀行口座を知らせてきたので、支払手続きをしに銀行に出向いたら送金手数料が何んと5000円!。私の常識欠如。宿泊料が8000円くらいだったので、なんとか安い方法で送金できないか、検討したところ「ゆうちょダイレクト」の口座をつくって送金すると2000円ということで、この手続きに行き着くまでえらい苦労。ただ、「ゆうちょダイレクト」は郵貯口座同士の振込みが月5回まで無料、他銀行への振り込み手数料も低額ということで、当舎のメイン口座もこれを機に変更した、というおまけがついた。(ただでは転ばない)

 支払はカード若しくは現金でも、必ず現地で済ますべし。(ただし、この分野日進月歩でPayPalやPaypayなど訳のわからない電子マネーが横行しているのでもっと簡便な方法があるのかもしれない)

英国チェルトナムのB&B。普通の民家の一室に泊まる感じ。
Innというスタイルで1階は居酒屋、2階が宿泊施設。(英国、チョッピングカムデン)
アムステルダムのユースホステル、縦150%拡大コピー。オランダ人はデカい!
1階の食堂。階高があるので広々としている。
ちょっと狭苦しいがアントワープ大聖堂(ルーベンスのキリスト磔刑図で有名)の隣という絶好の立地。行ってみたら共同トイレ、共同バス、ただし料金は1食付きで一人7千円くらい。安い!
ブリュッセルの三ツ星ホテル、8千円くらい破格料金。朝食代が高いので向かいのコンビニで。

第2話「準備から旅ははじまる」(私たちの旅スタイル:全7話)

必携図書はやはり『地球の歩き方』。あまり古いの買うの注意。

 便利な時代である。インターネットで航空券、列車から宿泊先、施設入場券などいながらにして購入できる。初めての中国の時は、滞在地についてからホテルを探し、次の移動先への切符を買いに行き、場合によっては都市への移動許可を役所に手続きに行かなければならなかった。これだけで1日仕事。このプロセスも旅として楽しめなければ苦痛でしかない。

私の旅の必携図書は『地球の歩き方』。これに『マップル』や『るるぶ』などのグラフ系旅行雑誌を絡ませてリサーチ。加えてインターネット情報を加味して万全と思いきや、トラベルはトラブルの根源語、そうすんなりといかないところが旅の醍醐味というところ。

 航空券は《トラベルコ》というサイトを使っている。格安航空券や海外ツアーなどよりどり見取り。今回のスペイン、イタリアはそれぞれバルセロナ、マドリッド、ローマというメジャーな観光地を巡る8泊10日間だったので、フリープランという航空券と宿泊がセットになっているものを購入した。

 どんな航空券やツアーを選択するかといえば…、

  • 移動時間が短い(出来るだけ直行便) 
  • 価格が安い(リーズナブルといったほうがいいかも)
  • 行動時間が極端な時刻でない(早朝、深夜行動は避けたい)

お金がない若者が、欧州に行くには南回りのアラブ系エアか、ロシアのアエロフロート。でもこの歳になると10時間を越えるエコノミーでのフライトは苦行。直行便志向になる。これに加え、当舎は釧路在住なのでどうしても東京若しくは新千歳への事前移動をともなう。以前、英国に行ったときは新千歳発仁川乗換えのヒースロー着であった。韓国系エアも安くてサービスも悪くないが、連れは韓国の団体客のマナーに閉口してもう乗らないといっている。

今回のスペイン・ローマはローマ経由でアリタリア航空が安くて便利だった。イタリアは2回目だったが、いずれもアリタリア航空で、連れはこの航空会社のサービスポリシーが気に入らず(客を客ともおもわない労働者感覚)、もう乗らないの評価。なかなか難しい。

 スペインにはイベリア航空というナショナルフラッグのエアがあって、直行便も週数回飛んでいるが、マドリッドのみでバルセロナはなし。帯に短し、たすきに長し。

 私は、フィンエアが就航した新千歳とヘルシンキ便に注目。行きたい場所リスト上位のノルウェーのフィヨルドとアイスランド行きには最適だし、ヘルシンキはもっとも近い欧州で片道9時間。あとは価格と目的地への乗り継ぎ便のアクセス。なんとか路線を維持してほしいものだ。北海道民ももっと海外旅行しよう。

年をとって飛行機の長時間フライトで海外旅行を断念するご同輩も多いようだ。ビジネスクラスへのアップデートは私の旅スタイル財政編にはない。一度だけ、ダブルブッキングでビジネスシートにお世話になった。宝くじに当たった感覚。私の友人は日系のキャリアしか使用しないが、エコノミー旅行者にとっては日系エアも届かぬ夢ではあるが、《トラベルコ》の格安航空券上位にはなかなか現れない。いつかエコノミープレミアムには乗ってみたいなぁ。

いつでも、どこでもリュックサック派。だいたい30Lクラスで使い分け。
アリタリア航空にはもう乗らない、とは言いますがイタリアに行くには一番便利
空港でも時間があれば日記と領収書の整理
以前は新千歳直行便があったKLM。今度はフィンエアがヘルシンキと。

わたしたちの旅スタイル第1話「旅のテーマはなんとやら」(海外編 全7話)

コッツウォルズのパブリックフットパス、ルートNo.1を歩く
  1. 旅のテーマはなんとやら

 私の初めての海外旅行は高校時代の部活(写真部)の友人と行った1985年の中国シルクロード約2週間の旅であった。中国で個人旅行が開放された翌年、この旅行には写真家であった友人の撮影済みフィルムと未使用フィルムを旅先で交換するといったミッションもあったが、大変ながらも充実した旅で、海外旅行における心構えとノウハウの多くはこの旅で身につけたようにおもう。

 それから幾年月、多くの旅を経験したが、近年、連れ合いと一緒にクスリ凸凹旅行舎(2015年)を開業してからは、「身体の動くうちに…」を合言葉に二人で年に2回、国内と海外の行きたい処に出向いている。

旅のテーマになっているのは、

  • 素敵なトレッキングルートを歩く:登山路から散策路、フットパス、歴史道路など様々な道を歩くこと。登山に関しては国内の山岳が中心ではあるが、本場のアルプスのトレッキングも夢である。仕事の影響ではあるが、英国湖水地方やコッツウォルズのパブリックフットパスやローマも古代道路アッピア街道など有名どころとともに、いろいろな国の街歩きも大好きで旅先だと1日10kmくらいは歩いている。
  • 西洋絵画を鑑賞:連れと初めて行った欧州がイタリアで、その時のルネサンス絵画体験が基で、絵画鑑賞は旅の大テーマとなった。わが夫婦は通常、連れの趣味に感化されて私も参画し、いつのまにか私がのめりこむパターンが一般的だが、美術も同様。美術館、教会など訪ねながら、ルネサンスから近代絵画までの絵画鑑賞をとおして古代文明からキリスト教社会や西洋の近代化の背景を知ることは奥が深く、まだまだ道は長い。
  • お客さんの目線で訪問地の魅力をさぐる:最近、海外からのお客さんのガイドが増えつつある。同じ目線で観光の問題を考えるには、自分たちが旅行者として海外に出かけることが一番。個人旅行で他国を旅する上での不安や喜びや楽しみを身をもって体感する。ガイドのみならず、我が国や地域の観光振興の課題点もよくわかる。
紀元前312年に着工されたローマから地中海への道、アッピア街道
英国コッツウォルズ、ブロードウェイの牧場を歩くフットパス
最初のイタリアでルネサンスの名画に出会う(フィレンツェ、ウフィツィ美術館)
欧州の美術館はほとんど撮影自由。名画とツーショット。(アムステルダム美術館)
ベルギーの古都ブリュージュの運河観光船。四か国を操り途切れなく笑いをとるガイド
英国湖水地方でネイチャーガイドの半日ツアー。ガイドが自家用車で案内。

北北西に進路をとって。

大日岳からの絶景。手前、奥大日岳。中央、剣岳。左奥、白馬岳連峰。

毎年恒例の山岳研修報告です。
体力の限界も近づきつつある(既に過ぎているのだけど)ここ数年は日本の有数の山岳路踏破を目指してきました。
それも終盤に近づき、難関の南アルプス縦走を計画しました。予備日、下山後の観光視察も入れて7泊8日の壮大な計画。出発が近づきつつあるなか、どうやら台風15号の動きが怪しく、このままだと南アルプス直撃!
今回予定の荒川三山、赤石岳山脈縦走3泊4日は奥深く、入山までまる1日かかるほど。もしも、台風でアクセス道路が寸断されたら大変。まかり間違えば、ずっと帰ってこられなくなるのでは、との妄想も駆け巡り、東京に到着して急遽、目的地を台風の影響の少ない北北西に進路変更した。目的地を決めたのも東京着後だったので、登山仲間から地図をスマホで送ってもらい、同じくスマホで直前台風予報をチェックしながらの決定。
スマホと新幹線、これがドタキャン変更登山を実現させた原動力。台風には勝てないが、うまく使えば文明の力は凄いもんだ。年寄り頭には相当疲れる所業だったが、これもいずれはAIがサポートしてくれそう。
変更先は日本有数の山岳リゾート立山。早朝の新幹線に乗って富山まで約2時間、富山電鉄に乗換え立山駅からバスで登山口の称名滝についたのはほぼ正午。日本一の落差を誇る滝を愛で、期待はずれの山菜蕎麦をかき込んで、いざ、目指すは大日岳・奥大日岳の2泊3日縦走。

日本最高落差(350m)を誇る称名滝

ここまでは超順調に文明の力を実感したが、これからが大変だった。
台風の影響か、とにかく暑い。もう秋の気配の釧路からいきなり35℃の世界へ。そして標高差1000mくらいを登らなければならない現実。南斜面で陽はカンカン。給水とリンゴやゼリー飲料が五臓六腑に染み渡る感じ。やっとのおもいで夕暮れ時に大日平に到着。ここは立山弥陀ケ原湿原という我が国で一番高いところにあるラムサール登録湿地でもある(現地の説明版で初めて知ったんだけど…)。初日の泊まりの山小屋にやっと到着したら、山小屋の主人が「塩さ~ん、お風呂沸いてますのでどうぞ~~」。ちょっと耳を疑ったが、確かに本州の山小屋ではお風呂や場所によっては温泉を使える山小屋もあるが、この時はまさかの坂。こんな山奥でお風呂に入れて、入口で確認したアサヒドライビール350ml700円もいただけるなんて。
風呂上り、夕日の山々を眺めながら冷えたビールで安着祝い。お客も私たちをいれて5名。何んとも言えない幸福感が全身を包んだ。

日本有数の山岳リゾート立山へは立山駅からは専用バスだけが走る専用道
山小屋での風呂上りのビール。言うことなし!


 さて、2日目も快晴。前日の疲労回復と今日のパワーアップのため秘薬アミノバイタル3500mmgを飲んで出発。目指す大日岳は標高2501mなので、今日も標高差1000mを一歩一歩。私の経験では、アミノバイタルは約2時間が効力維持時間。快調な前半は早朝でまだ陽も当たらず、気温もそれほどでもなかったが山頂に近づく頃から前日並みの暑さ(高度は上がっているから気温は昨日より低いはずだが…)。おまけにアミノバイタルも切れてきて、赤ランプ点滅状態で大日岳頂上。ここからさらに稜線づたいにアップダウンを繰り返し奥大日岳をめざす。「奥」とつくからには奥なんである。遠いのであ~る。
陽はカンカンと照らし続け、山小屋で買った400円のジュースもアッというまに飲んでしまい、限界が近づきつつある。
こういう状況だと夫婦喧嘩が勃発しやすい。案の定、今日の宿泊山小屋を確保していないので、早めに電話したらいい、とか、電話がつながらない、とか、なんでこんな山の上なのに電話がつながらないんだ、とか…。水を絞りきったボロボロ雑巾みたいになって、夕刻、やっとみくりが池温泉小屋に到着。温泉に浸かって、評判の食事をいただき、急転直下・大日岳縦走登山は無事終了。

弥陀ケ原湿原の地沼を抜けて登坂路へ
山頂は今年一番と言う快晴

人生でこれほど汗をかいたことはなかった、とおもわせるほどの発汗と今年一番という快晴のなかの山行であった。
教訓。これからの気象変動の激しい昨今、スムーズに旅行をするには、的確な情報収集と迅速な旅程変更、さらには事前の変更プランも念頭においた計画作りが重要になる。本番の登山も楽しかったが、前後の旅程調整にも感慨深い研修登山であった。

下山時にであったライチョウ一家
踏破ルートを振り返る
みくりが池に映る立山連峰の雄姿

凸凹海外研修報告その1(スペイン編)ガウディ恐るべし

開業以来毎年2回ずつ国内外の観光地を視察している。「遊びじゃないの?」という声も聞こえるが、研修なんである。報告もし、成果も仕事に反映しなければならない。まあ、旅行者の立場で仕事を再点検する意味では、遊びの気分も大切ではある。
さて、今回はスペインとはいってもバルセロナ、マドリッドの二大都市とイタリア、ローマの8泊10日間の旅であった。類比的に考えるタイプなので、バルセロナで言えば、共通項である港町を軸に、ガウディ建築物(毛綱建築物)、サン・ジョゼッペ市場(和商市場)、地中海海鮮料理(太平洋海鮮料理)なんかが比較項目になってくる。

■建築物や街並みの魅力
アール・ヌーボー(新しい芸術活動)の時代にフランスやスペインで活躍した、芸術家たちのなかでアントニオ・ガウディは最も著名な建築家だとおもう。いうまでもなくサクラダ・ファミリア教会の設計者かつ施工者でもあるが、ガイディは工期途中で不慮の死(交通事故)でなくなり、かつ設計図も戦争中に消失したので現在は継承者たちが2026年の完成を目指して試行錯誤しているそうだ。ガウディ建築物は有名なもの(世界遺産に指定されているような)だけでも5棟くらいあって、その他の建築家たちの作品が街中にあって、相当奇抜なものも多いが街の景観に溶け込んでいるところが凄い。はっきり言えば、これはバルセロナのオンリーワン観光素材なので、比較するものもないが、釧路にもポストモダンの建築家で郷土出身の毛綱毅曠(故人)がいる。大小あわせれば10棟ほどの毛綱建築物が市内に点在している。
一朝一夕に街並み景観を形成することは不可能だが、地道な積み重ね、つまり街の歴史を語る活きた素材が建築物や街並みのアイテムである。その方向性は大切に市民共有したいものである。

生誕のファザード、ガウディ生前の部分。鐘楼上部にエレベーターで昇れる(要事前予約)
尖塔基部までエレベーターで上がるとこの感じ
渦巻状の螺旋階段を下まで降ります
サクラダ・ファミリア教会細部の土台に亀
受難のファザード(生誕のファザードの裏手)、直線的なデザインのキリスト受難を描く彫刻群。ガイディ死後の建築
教会内部。ガイディ死後、森林をイメージした設計。ガイディ何をおもう
世界遺産カサ・ミラ、ガウディ建築。
街に連なる建築、右は世界遺産カサ・バトリュ
カサ・バトリュ内部、曲線デザインとステンドグラスが美しい
グエル邸屋上の煙突デザイン、タイルモザイクもガイディお得意
アントニ・タピエス美術館、これもモンタネールの作品
カタルーニャ音楽堂、馬好きにはたまらないアングル

ガイディの最高傑作ともいわれるコロニアグエル教会。
バルセロナ郊外なので観光客もあまり居ない
ここは石とレンガ中心ですべて曲線で構成、ガイディ恐るべし

日誌からみる武四郎の人となり

■ドナルド・キーンが亡くなって、あらためて 『百代の過客<続>』 を読み直し、氏の日本における日記文学への深い眼差しに興味惹かれた。 キーン氏は同書に武四郎を取り上げ、 「アイヌ民族の権利の、力強く、そして説得力のある擁護者としての姿が、文中から立ち現れてくる。」と 武四郎を評し 、また日記が武四郎自身の人となりを自ずと語ってくれているのが面白い、と述べている。
■ 現在、私は仲間との勉強会「武四郎を読む会」で、武四郎の日誌『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』を解読しているが、そのなかでも、そのことを納得するような件があった。勉強の対象テキストである『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』は在野の武四郎研究者であった秋葉実さんの解読による著書で、現在、読み合せているのは1858年、武四郎第6回目(最後の)蝦夷地探訪の部分である。「戊午久須利日誌」と題され、後に刊行本『久摺日誌』として紹介される釧路から阿寒湖畔、網走、斜里を巡り、摩周、弟子屈を経て釧路に戻るまでの日誌部分である。
■ ご存知のとおり、武四郎の旅はアイヌの案内人の同行があってはじめて成立したもので、依頼者とガイドとの関係性もガイドである私にとっては興味のあるところだ。今回、ご紹介するのはこの日誌の塘路泊を記述した個所で、武四郎とアイヌ案内人とのつながりと旅仲間に対する眼差しの優しさにいたく感心したのである。同文箇所の秋葉解読文と私の訳文を以下に示す。

上段:『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』部分抜粋 下段:塩による訳文

■ ここで共感するのは、武四郎のマメな優しさ、上下関係より仲間関係重視、郷愁に対する感性、武四郎の旅のイメージなどであるが、ガイドの疲労に配慮して自らが米を研ぐ武四郎の姿勢は、彼の繊細な心遣いを表している。まさに寝食を共にして、苦難に満ちた蝦夷地探訪をアイヌ案内人とともに成し遂げた基本姿勢である。
また、ケンルカウスがイトウをさげて現れた様を「生涯の話の種に」という件には、エピソードの積み重ねのなかに旅の価値を認め、現場のなかの事実を積み上げながら、真のアイヌの姿に触れようとした人となりが垣間見れる。
■ 尊王攘夷論者として対ロシアから蝦夷地を守り日本がこれを統治する武四郎の考えには揺るぎはなかったのであろうが、武四郎のおもいどおりにアイヌを同化させることにはならなかった失敗談のエピソードも日誌には綴られていて、武四郎自身の揺らぎや困惑も垣間見れる。私が武四郎に学ぶのは、思想的影響をうけながらも、現地現場でそれを補正しながら真実を見極めようとする姿勢である。